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2009.11.23 Monday

マイヤ・プリセツカヤ…闘う白鳥

  ロシアのボリショイ・バレエ団のプリマ…マイヤ・プリセツカヤの踊りには記憶があった。けれど名前には全く記憶がなかった。
 とある方に「知ってる?」と聞かれて「知らない」と答えたけれど、映像を見たら…ああこの人…と深い記憶が飛び出して来た。

 その長い手や足の表現力は、独特で力強く…どんな言葉よりも激しく雄弁。
 私も子供の頃から、結構長い間「踊る」ことに熱中した時代があった。 確か小学校に入学して2年目の春。私はとあるバレエ団の門を叩いた。クラシックよりもオリジナルの創作舞踊を主体にしたバレエ団だったので、伝統を重んじるバレエとは少し違っていて…もう少し前衛的な踊りに興味を持っていた。

 その後高校生になってからも私は、部活で創作舞踊と向き合うようになった。密かに心の奥では、叶うなら「振り付け師」になりたいと思っていた。
 けれど人生は、思わぬ方向に一転する。ドクターストップ…私の足には先天的な関節の奇形があり、過激な運動は避けるようにと宣告された。
 その後私は、ずいぶん長いこと、どんな踊りも正視できない時期が10年以上続いた。

 …けれど彼女の大胆な手の動きには、見覚えがあった。人には最初から備わっているものがある。この人の場合もそうだと思う。
 もちろん、だからといって、どんな才能も磨かなければ光らない。つい最近、そんな彼女の人生の断片も紹介している一本のビデオが、巡り巡って、私の手元に届いた。

 マイヤ・プリセツカヤの人生のスタートには、スターリンの粛正によって処刑された父、女優だった母も投獄され…まさに凄まじい人生の幕が切って落とされていく。彼女の激しい表現のルーツのようなものに触れたとき…反骨精神こそがエネルギーの源になっているのだと納得した。
 逆境のように見える時代をバネにして、大輪の花は咲く。それは高潔な魂へと昇華して行くようだ。
 文学も音楽も絵画も…芸術として、くくられるものは…その時代が厳しければ厳しいほど、傑作が生まれる…と感じるのは私だけだろうか…。人々が必要とするものも時代によって、明らかに異なっていると思う。

 俗にいうハングリー精神とは違う何か…それはやはり、反骨精神が一番近いような気もするけれど…昇華して行く過程では、その精神は決して外に向かうものではなく、より内側の表現へと矛先を向けて行く。
 観るものを金縛りのようにさせる吸引力は、自分自身を完璧なまでに統制するストイックさの現れでもある。
 そして、何よりも驚いたことは、私が観たビデオは70才をとっくに過ぎたときのもの…しかもそのときも現役で踊り続けていたということ。
 若い頃とはまた違う表現力を身に付け、伝統の持つ重圧からも逃れて、新たな自由を求めてやまない表現には、ただただ圧倒された。彼女の生き様から得た哲学のようなものも見応えがあった。
 サン・サーンス作曲の「白鳥」に振り付けされた「瀕死の白鳥」がアンナ・パヴロワのために作られたのは余りにも有名な話だけれど
その後マイヤ・プリセツカヤが、独自の視点で踊った「瀕死の白鳥」も彼女の生き様を彷彿とさせている。
 今、読みたい本の一冊…「闘う白鳥」とても暗示的なタイトルだと思った。

 
2009.11.17 Tuesday

読書熱再燃

  実はこの本のこと…忘れていました。発売当初ネットで検索をしたら、1は売り切れ…2から入るのはもったいないし…そのうち、まあいつものように忙しさに紛れ、そのままになっていました。

 「読む?」といって目の前に差し出してくれたのは主人。「日本だけじゃなく、ものすごく売れているらしいよ」「ああそう…これ、読みたかったんだ。もう読んだ?」「いや…」
最初のページ…まだ誰も開いていない歯切れの良い音がした。

 土曜日から読みはじめて、間にはどうしても仕上げなければならない仕事もあった。それでもなるべく寸暇を惜しんで読み進んだ。2巻目のほんの100ページほどを残して、別の仕事のミーティングもあり…放っておいた歯の治療もした。少し仮眠をしてから続きを読もうと思ったのは、集中力が必要とされるからだ。

 2巻を読みはじめて、心の中の最初の期待感が、少しずつ違和感に変わりつつあった。
 つじつまを合わせようと、自分の中で新たなイメージをつなげなくてはならない作業が必要な本。そこが魅力と言えば…確かに。
 読み手は勝手だ。書き手の苦労などよりも自分のイメージを損なわないような展開を望んでいる。勿論その逆もある。本当にわがまま(笑)
 けれど一方では、すぐに絵が浮かぶブランド名の服や小物が出てくる。音楽も私の大好きなバッハやジャズ。何故か主人公が住んでいる街が「高円寺」…馴染んだ街が舞台になっているのは、ちょっとおかしかった。…「空気さなぎ」とか「さとえり」…言葉を時代に合わせて匠に作って行くのは、さすが…。意識的に盛り込まれたような性描写はちょっとサービス過剰…
 
 ものすごく丁寧に慎重に描かれている場面…と、彼の想像力の中でバラバラになったものをひとつずつ積み上げられていく描写とが交互に現れる。不思議な世界と現実が交差して行く内容が文体の中にも意図的に組み込まれている…そこまでの計算をしながら書き進むのだろうか…。それとも??
 村上春樹氏の頭の中にある世界は、まだ混沌としている。けれど、書き放してしまえるのがプロの覚悟なのだ…それを読んだ人の感想など、気にするほどの素人ではない。
 …そう思ったらものすごく気が楽になり、勝手な下馬評のようなものを書きはじめてしまいました。

 確かに時代が生んだ不可思議で独特な価値観で構成されているコミューンのようなもの…「カルト」と呼ばれる世界に鋭く切り込んだか…と思えば、突然甘酸っぱい恋愛小説のような場面が飛び出し、ハードボイルドタッチの描写もある。
 最近の傾向は、どうも、実用書のような「あなたのためになる話」と言うのが多すぎる。それだけでは満足できなかった読者も沢山いるだろうし、本来の小説の面白さ…という点はさすがにかっちりと押さえてある。

 何て偉そうに書いているんだろう…読み返しながら苦笑い。…すみません(笑)

 私は結構疑い深いところもある…本当に信じるためには、まずは疑ったり、試したり、ありとあらゆる方面から自分がキャッチしたものを分析する。それは人間が最初から持っている能力だと思う…。売れている…イコール…良いもの…という判断基準は、私の中には皆無。

 子供の頃からほとんど本を手放したことがなかった私が、子育てをはじめたころから、本を手放してしまった。読みはじめても3行で寝てしまった時代も長い。
 そんな私に再び読書熱が再燃したような感じがある。忙しい…確かに忙しいけれど…それとこれとは別の話。私はこの分厚い2冊の本を手に持った時、渇望に近い想いを感じた。
 私は活字に飢えていると…。
 けれど、最後まで読み切ることが出来るだろうか…。

 それがどうしてもできなくなる本も多々ある中で、食事をしながら…ベッドに寝転んで…仕事場に持ち込んで…この本を読み切ることに集中できた私が、何よりも嬉しかった。
 全体としての骨格よりも、この長編を一気に読ませて、読者を最後まで惹き付ける力はどこにあるのだろう…それを私は知りたいと思った。

 知りたいと思ったら、私はただ集中する。まずは読み逃して来た彼の本を片っ端から読んでみたいと思った。

 そして、読み終わり、本を閉じてから、私は何故売れているのか…とふと思った。
 …これは私なりのひとつの結論。

 この本は「読む人のために書かれた小説」

 …それだけは確かに、間違いがない…な…と思ったのです。
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